「積もる雪ですね、音もなくさらさらと降るのは。大きなボタ雪だと、そんなに積もらないんですが」
飛騨の門前町・古川で昼食に入った食堂の女将さんが語った。ここ数年、雪が少なかった飛騨の郷に、久しぶりの本格的な雪が降りしきっている。
「昔は街中の狭い通りだと、両側の屋根から雪を下ろすと馬の背ぐらいに雪の山になってね。そのまま二階の窓から入れるぐらいでしたよ」
除雪機がない時代の冬は路線バスも運休となり、代わりに犬ぞりが活躍していたそうだ。峠を越えた隣村の神岡で産気づいた女性が、搬送されてくる途中の犬ぞりの上でお産をしたという逸話もある。 豪雪の山国・飛騨の冬を生きた女性たちの、なんとたくましきことか。
かつて信州の製糸工場に奉公する飛騨の娘たちは、それぞれの村から古川の街に集まり、見送りにきた両親に笑顔で別れを告げて野麦峠を越えていったという。一年近くの奉公を終えて正月に帰郷し、着飾った娘たちを迎えるのが、縁結びの行事としても知られる「三寺まいり」の松明の炎と、古川伝統の和ろうそくの灯であった。
「『嫁を見立ての三寺まいり、髷を結わせて礼まいり』って唄われてね。きれいな着物を着て、ウサギの襟巻きをしてお参りするのが娘たちの楽しみだったんです。その娘たちを目当てに嫁取りの若い衆が集まって、俺はあの娘がいい、っていう感じに品定めしていたんですよ」
女将さんの娘時代のころまでは、そんな風習が残っていたそうだ。今は嫁を見立てに、とまではいかないが、高山をはじめ飛騨一円から若者たちが集う伝統行事として受け継がれている。街中の水路のほとりに設けられた「千本ろうそく」の台座には、恋愛成就を願う際は白いろうそくを、成就されたら赤いろうそくを灯して、お礼参りをする女性が毎年数多く訪れるという。
三寺参りは親鸞聖人が大往生する前夜にちなむ読経や説法が徹夜で行なわれ、浄土真宗の三寺(円光寺、真宗寺、本光寺)を人々が順拝する行事として300年以上も続いている。夜を徹して行なわれる行事に際し、本堂や参道を照らす灯として不可欠だったのが和ろうそくだ。街中にある老舗の『三島和蝋燭店』では、いまも伝統の技で和ろうそくを一つひとつ仕上げる手仕事が続けられている。
「赤いろうそくは本来、ハレの日や仏事の際に用い、白いろうそくは日常的な灯りとして仏壇に用いるものだったんですよ。それだけでは面白くないと思って、若いころに考えついた紅白のツートン模様のものを今も作っていますけどね」
7代目当主の三島順二さんが店先の作業部屋で語りつつ、竹串の先についた白いろうそくを、真っ赤な蝋が溶けた鍋の中に一瞬浸して引き上げると、浸された部分が鮮やかな朱色となる。さらに柄杓で赤蝋をかけつつ竹串を操ると、ポップな模様が浮かぶモダン和ろうそくが出来上がった。
ハゼの実などの天然素材のみで作られる和ろうそくの特長は、煤(すす)が少なくて仏具や部屋を汚さないことと、風に強く、屋外での裸火でも立ち消えることなく燃え続けられることだろう。蝋の垂れが少なく完全燃焼するので、同じ体積なら洋ろうそくと比べて長持ちもするらしい。だから社寺仏閣の行事では今でも欠かせない実力を備えている。
一方、風のない部屋の中でも炎がひとりでに踊りたなびくという不思議な趣きもみせる。「仏様が喜んでいる」と賞されるこの和ろうそく独特の現象は、竹串に和紙を巻いて作られる和ろうそくの芯が中空構造になっているため、芯の中で空気が対流して炎を揺らぎ踊らせることから生じる。趣きを尊ぶ茶会の席や、能や文楽の舞台でも、和ろうそくは重要な役割を果たす存在だ。
「戦後に洋ろうそくが普及するまでは、和ろうそくがごく普通の存在だったんですよ。型に流す大量生産が可能な洋ろうそくが当り前になってしまったので、こうしてお店に来ていただく方にお伝えしながら作り続けているわけなんです」
300年余続く三寺まいりの灯を支える匠の技が、今宵その真価を発揮しようとしていた。
「古都高山の生活文化」をコンセプトに、飛騨高山の落ち着いた雰囲気とモダンが調和した女性向きの旅館。
高山駅より徒歩2分。古い町並みや朝市に近く、市内観光にも便利。
- チェックイン:15:00、チェックアウト:10:00
- 〒506-0026 岐阜県高山市花里町6-11
- TEL:0577-32-0427 FAX:0577-33-1046
- http://www.kotoyume.com/
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