名水紀行アーカイブ|クリンスイ・クラブ|家庭用浄水器なら三菱レイヨン・クリンスイ

水道水で作る、安心でおいしい水【浄水能力No.1】

天川村
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▲気候が温暖な紀伊半島にありながら、天川村は標高の高さから真冬の気温は零下十数度にもなる。

奈良吉野の里から曲がりくねった山道を長々とたどり続け、分水嶺の峠を目指す。 真昼でも薄暗い森に覆われた峠のトンネルをくぐると、熊野川の源流部にあたる深い谷間に抜けた。 吉野杉の枝葉の上を、降ってからまもない雪が薄く覆っている。音のない、 静寂の世界。いや、遠くでかすかに水音が聞こえる。人目に触れぬどこかで流れる沢水があるのだろう。 谷間の山道を下っていくと、やがて天川村のひっそりとした集落が現れた。 村全域で道路信号機は中心街にひとつあるだけで、山々に囲まれた空気を主に支配し ているのは村の中心部を流れる天の川の水音である。

 棟上げを済ませた家の屋根で釘を打つ音が遠くから聞こえてくるが、その音から大工は一人だけで、 のんびりと仕事をこなしている様子が判る。他に戸外で働く人の気配はなく、 近くの木立の枝を動き回る小さな啄木鳥が、ギイ、と一声鳴いた。
 天川村は霊的な「気」が集まる場所として知られ、超常現象の見聞談も多い。 それというのも山伏の修験道発祥の地であり、霊峰大峯山詣での本拠地であるからだろう。
 他にも日本三大弁天の筆頭で芸能の神様として名高い天河神社や、 吉野郷を追われた南朝の本拠地として御所を擁し続けた歴史などがある。 村の中を歩くと至るところに大小様々な祠があり、信仰と結びついた日常が色濃く感じられる。
 全国からの修験者が多数訪れるのは大峯山本堂が開く五月から九月まで。 夏は"西日本の軽井沢"と呼ばれるほど避暑客で賑わうが、真冬のいまは旅行者も少なく、 土地の人びとの静かな生活と祈りの場となっている。
 「弁財天は本来、水を司る神様ですから、海や湖に面した所にあるのが一般的でしょう。 ここだけ山の中にあるのは不思議に思うかもしれませんが、かつては周囲を取り囲むように 天の川が流れていたと思われますね」
 南朝の御所があったところとされる天河神社を訪ねると、宮司さんは水と弁天信仰にまつわる 意外な話をしてくれた。
 さらさらと流れる清らかな水音から音楽と言の葉が生まれ、 人の知恵や才能、芸術と、そこから恵まれる財福に結びついていったと考えられているのだそうだ。
 「真言密教では熊野が胎蔵界、つまり人が生まれる前の胎内の水に包まれた世界で、吉野が金剛界、 生まれた後の世界とされています。天川はその中間、まさに誕生の瞬間に位置する場所なんですよ。 ここで湧き出す水の働きの中で誕生や発見があり、人生の新たな出発や門出につながると 考えられているのです」
 衰退する南朝と深い関係にあった能楽の始祖・世阿弥の嫡子観世元雅が天河神社に多くの能面を 寄進したのも、権力闘争の波に飲み込まれようとしていた芸術を、新たな門出で後世に残そうと 願ったからなのだろうか。
 いまも天河神社には芸能の道を志す多くの若者が参拝に訪れている。相当の有名人が現れるこ とも珍しくないが、誰もが知っている女優が村の道を一人で気ままに歩いていても、 村人の多くは気がつかないらしい。

■名水指定の効果はときによりけり…

修験道の霊峰・大峯山詣での拠点となる洞川地区は、天川村の中心部から峠を ひとつ越えたところにある。かつては独立した村だったところで、 いまも地域の施設を独自の予算で整備をすることがある。
 名水「ごろごろ水」の給水施設もそのひとつだ。
 修験道の参道に続く道に面した山の斜面から湧きだし、 古くから万病に効く名水とされていた。
 ところが旧環境庁の名水百選に認定されて以来、夏場の避暑客が水を汲みに大挙して押し寄せ、 混乱が生じたのだ。
 「道端に車を止めるから渋滞になるし、順番争いがもとで喧嘩がおきるしでね。 もう名水は混乱の元だから表示するのも止めよう、という声もあったんですが、逆に多くの人 が汲み放題にできる給水施設を作ることで解決することにしたんですよ」
 室町時代から続く修験者向けの宿「花屋徳兵衛」の御主人がいきさつを語った。
 以前は登山客や修験者が山から下りてきてのどを潤す水場だったのが、大勢の人々 が行列を作って並んでいるので飲みたくても諦めざるを得ない状態になってしまっていたそうだ。 名水の指定の効果もときによりけりである。
 「町の人の気持ちもわかりますけどね。私の息子は橿原市に住んでいるんですが、向こうの 牛肉料理屋でしゃぶしゃぶを頼んだらカルキ臭くて食べられないんですよ。味付きのすき焼きに換 えてもらってなんとかいただきましたけどね。このあいだゴルフの景品で浄水器をもらったけど、 ここでは使わないから息子にあげようと思っています」
 橿原市は吉野川を水源としているので、近畿でも比較的良質の水道水が得られているはずだが、 ここの水とは比べられないのだろう。ましてや淀川水系が水源の大阪市の水道水は……。

 冬のいまは「ごろごろ水」を訪れる人も多くはなく、 少し離れたところで大きな蛇口が並ぶ給水施設も人影はまばらだ。 せっかくだから本来の山の斜面から流れ出す水を飲んでみた。 カルストの地質から流れる水は石灰岩に磨かれたためか、引き締まった味にかんじられた。
 「ごろごろ水」とは苔むした大岩が埋める急な斜面から湧きだす水であることからついた呼び名だ。 その斜面についた細道を登山者姿の初老の夫婦が下ってきた。 大峯山の隣に峰を並べる稲村ヶ岳の山頂を目指したけれど、 途中で吹雪いてきたので引き返してきたのだそうだ。
 修験道の霊峰である大峯山はいまも女人禁制の戒律が残る山だが、 隣の稲村ヶ岳は女性も登れるので夫婦連れの登山が可能だ。 面白いのは女性も登れる稲村ヶ岳のほうが標高が高く、 同じ大峰山脈の最高峰である弥山には女性神の弁財天が祀られていることだろう。
 「大阪から来たんですけどね、無理をしなければ山は何度も来れますから。 それに、水を汲むのも兼ねた登山なんですよ」
 と御主人。車に積んだ20Lタンク4本で四週間は煮炊きに使えるそうだ。 大阪の水道水は口にするものには使えないという。
 「私らは二人暮らしで子供もいないから、山歩きとおいしい水が楽しみなんです。 両方兼ねて楽しむと気持ちに余裕ができて、山で無理をしなくなりますね」
 なるほど。名水を汲みに来る人々も、このぐらいの余裕を持ちながら来てほしいものである。


▲夏は長蛇の列が並ぶ名水「ごろごろ水」も、冬はとても静かだ。


▲それぞれの宿の軒先に、趣向を凝らした水屋があった。


▲洞川の宿場街を学童の声が通り抜ける。


▲南朝の長慶天皇が入水したと伝えられる、みたらい峡の「光の滝」。

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