cleansui club (クリンスイ・クラブ)
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cleansui club 2006 春号 vol.23
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01 名水紀行 国東半島
02 水の匠たち ホタルの里【依田寿男さん】
n03 水と上手におつきあい 万能ソース・タレを作る
04 吉川ゆりのあれこれ健康コーナー “正しい姿勢”
05 会員体験レポート ソーセージ作りに挑戦
06 温故知水 水族館の人気者
07 杉井明美の 「季節を探しに〈続・実践編〉」
08 クリンスイNOW 09 Cleansui Club News
10 世界の水〈第14回〉 11 Enjoy!アウトドア
12 ポヨンらんど
page1 page2 名水紀行取材チームのひとりごと
名水紀行
磨崖仏の里に極上の名水が湧く・・・多田 実 国東半島
 九州の形を「立ち上がった熊の姿」に例えると、その頭から瀬戸内海に向かって丸い耳のように突き出しているのが国東半島だ。その中央部にある両子山から周囲の海岸線まで、幾筋もの谷が穏やかに、ときに険しく広がっている。人々はその谷間に田畑を開き、神と仏に祈りを捧げる暮らしを今も営んでいる。
 お盆も近い国東半島は、まさに「南国の夏」の勢いに包まれていた。田んぼの青い稲穂が放つ濃密な香り。
六郷満山の寺々を統括してきた両子寺の参道。苔むした仁王像が訪問者を迎える
シイやカシの照葉樹の森が太陽の光を無限に吸い込み、破裂せんばかりの勢いを発散している姿。そしてセミの大合唱が耳鳴りのように周囲の空気を震わせ続けている。
 集落に人の気配は少ないが、畑は整えられ、盆の祭事を迎えるための幟が掲げられている。それらを包み込む夏の息吹の勢いが、人々の暮らしぶりを、いっそう慎ましやかに感じさせている。
■不思議ワールド・国東の歴史
 人々の気配に代わって国東半島の空間を支配しているのは、いたるところに祀られた石仏や石塔、それに磨崖仏などの仏教遺跡群だ。森の中で苔むした野仏が無数に立ち並ぶ姿をしみじみと眺めてみた。一体一体がそれぞれ豊かな表情をしていて、作り手が「慈しみの想い」を結晶させたものであることが分かる。そうした見事な仏教遺跡群の物量的な迫力に対し、訪れる「生身の人間」は、比べようもないほどの少数派だ。信仰心とは一向に縁のない俗人でも、神妙にならざるをえないのである。
 千二百年以上もの昔、国東半島の基部にある宇佐八幡宮の影響を受けつつ「六郷満山」と呼ばれる数々の山岳仏教寺院が展開された。その独特の信仰では完全なまでの神仏習合がなされている。神社の本殿と寺院の講堂が一棟の建物になっていたり、お寺の参道の中に神社の鳥居が立っていたりするのである。
「走水観音の湧き水」は水の香りがすばらしい。
■野仏が見守る香り高き名水
 六郷満山の中心的な存在だった両子寺の七不思議のひとつとされる「走水観音の湧き水」を訪ねた。何が不思議なのかと思ったら「日照りのときも枯れず、大雨の後も増えず、夏は冷たく、冬は温かい。摩訶不思議なり」ということである。湧き水は普通そういうものでしょうが、などと思いつつも竹筒から流れる落ちる清水を柄杓ですくい、口元に近づけたとき、その香り高さに思わず手の動きが止まってしまった。今まさに、地中から湧き出したばかりの爽やかな水の香り。まるで調香師が「水の香り」の見本として調合したもののようだ。口に含むと、軽やかな甘みがはっきりと舌に広がる。これは国東の湧き水の多くに共通した特長であった。
 国東随一の古刹である文殊仙寺には、かの役行者が岩を突いて湧き出させたという「智恵の水」がある。本堂に置かれた壺の中からその水をいただくと、やはり同じ甘さがしっかりと感じられた。
「修験道の寺はどれも山の上にありますが、お寺を開くときは、まずは水の確保からなんですよ。生活用水はもちろん、仏にお供えする水や、硯の水がなくては修業もできませんからね」と、文殊仙寺の住職が語った。六郷満山は二十八の本寺と三十七の末寺からなる一大霊場であったが、それを成り立たせていたのは国東の豊かな水の恵みであったのだろう。
文殊仙寺の「智恵の水」は本堂の中でいただける
清水寺の境内に湧く霊水は平安時代から一度も枯れたことがないと伝えられている
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