鹿鳴館風の木造の大浴場は、伝統的な混浴を今も続けている。JRの「フルムーン」キャンペーンのポスターの撮影地として全国的に有名になった宿であった。
この温泉を育む山の反対側の谷に、下流の猿ケ京温泉一帯の生活用水の水源地がある。その水の水質が、ある日突然変わった。お茶が黒くなり、洗濯水が茶色く濁り始めたのだ。原因は、生活用水の水源が変更され、酸性度が強い水が水源にされたことだった。酸性を中和するための薬剤が投入され、水の味も大幅に落ちた。
「以前の取水口は良い水だったのに、なんのためにそんなことをしたかというと、従来の取水口の上流に大規模なスキー場を開発する計画が持ち上がったからなんですよ」
そのスキー場開発で従来の水源が使えなくなるために、村役場によって新たな水源に変更されたのだそうだ。スキー場が作られれば、開発工事によって温泉の地下湯脈に影響が出ることも危惧された。
かくして、秘湯と水源の森を守るための“戦(いくさ)”が始まった。スキー場ができれば水源の森は大きく切り開かれ、スキーで滑りやすくするために雪を固める凝固剤が大量に振りまかれる。その凝固剤には発ガン性物質も含まれているという。 「森がつぶされ、川に毒性の高い凝固剤が流れ込めば、ここの自然環境はもう無茶苦茶になってしまいます。それはなんとしても止めたかったんですよ」
ひなびた老舗の温泉宿の旦那と開発反対の自然保護運動、というと何となくそぐわない印象があるけれど、守ろうとしたのは「自然に育まれた人々の暮らし」であった。
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