|
と、港近くの土産物屋や飲食店の女将さんたちが往時の賑わいぶりを語る。管弦祭は夏に行われる宮島最大の祭だ。平清盛が京の都から移した「管絃の船遊び」に海上往来の安全祈願が重なり、かつては瀬戸内中の浜から手漕ぎの木舟が集まる中、一週間に渡って繰り広げられた一大イベントだったそうだ。管絃祭の一週間の売り上げで一年間の暮らしが成り立ったほどの賑わいだったけれど、今は集まる船も減り、祭も一日だけになってしまった。
「いまはエンジン付きの船だから、すぐに来てすぐ帰っちゃう。昔は四国や九州からも手漕ぎの船で来て、何日も島に滞在してお祭を楽しんでいったんだよ」
80歳を過ぎたお婆さんが懐かしそうに語る。かつて市街地に10ヶ所あったという誓真釣井も、いまはこのひとつだけが現役だ。井戸は使い続けないと枯れてしまうのである。ゆっくりと時が流れていた豊かな時代の生き証人を励ましたくなり、しばらくの間、ガッシャン、バッシャンとポンプを押し続けた。 |
|
■井戸が伝える往時の賑わい
厳島神社に近い市街地の中には「誓真釣井」(せいしんつるい)と呼ばれる古い井戸がある。約260年前、誓真という僧が飲料水不足に悩む島民のために掘ったとされる井戸で、港近くの住宅地の中に今も現役で残っている。
訪ねた誓真釣井の手押しポンプの棒をガチャガチャと動かすが、まったく手ごたえがない。空井戸だったかと諦めかけたとき、井戸の前のアパートからお婆さんが現われ、「こうするんだよ」とレバーを高々と振り上げながら押しはじめた。と、ふいにジャバジャバと音がして勢い良く水があふれ出した。備え付けの柄杓で飲ませてもらうと、冷たくてまろやかな味。海辺に近い井戸でありながら、塩気はまったく感じられない。
「昔の管絃祭(かんげんさい)のときには、あの井戸が空っぽになるほどの人が来たものだけれどねぇ」
|
引き潮時に境内の浜に現れる「鏡の池」柔らかな水の流れが海へと続く |
|